新田佳浩の中学高校大学に性格!スポンサー年収と出身地は岡山県【北京パラリンピック】

熱戦が続く北京オリンピックも終わりを迎え、次はパラリンピックが始まります。新田佳浩選手は今回の北京パラリンピックで7回目のパラリンピックとなります。彼のニックネーム「レジェンド」の名にふさわしい活躍ですね!

今回は、新田佳浩選手の中学高校大学に性格!スポンサー年収と出身地は岡山県について調べてみました。

目次

新田佳浩の中学高校大学

新田佳浩選手の中学校は西粟倉中学校になります。クロスカントリースキーを小学校3年から始めた新田選手は、中学校2年のときに岡山県代表として全国大会に出場しています。その時、日本パラリンピックスキーチーム監督の荒井秀樹監督にスカウトされ、パラリンピックを目指すようになりました。

高校は岡山県立林野高等学校に進学しています。その後筑波大学体育専門学群に進学し、2003年世界選手権ドイツ大会ではクロスカントリースキー10kmで金メダルを獲得しています。

新田佳浩の性格

新田佳浩選手が左腕を失ったのはまだ3歳の時のことでした。おじいさんの運転するコンバインに巻き込まれたのが原因で、おじいさんはそのことをとても悔やんでいたそうです。ただ新田選手はそのことを恨むことは無かったそうです。

おじいさんに負担をかたくなかった家族は障害者申請をしない決断を当時しています。ですが、「障がい者になった事を否定するよりも、障がい者として世界一になる道を目指すのが祖父のため」という荒井秀樹監督の一言で、新田選手は障害者になったことを受け入れることを選択し、「おじいちゃんに金メダルを」という目標をもちました。

その後努力を重ねた新田選手は、2010年バンクーバ大会で金メダルを獲得し、おじいさんにかけてあげることができています。とても家族思いで優しくて、努力家なのがわかりますね!

新田佳浩のスポンサーや年収

新田佳浩の年収については情報がありませんでした。新田佳浩の所属している日立ソリューションズは日本初の障がい者実業団スキーチーム「チームAURORA」を2004年11月に設立しています。また日本障害者スキー連盟やパラノルディックスキー日本チームスポンサーからもサポートを受けているようです。

パラノルディックスキー日本チームスポンサー一覧はこちらになります。

・ヤマザキビスケット株式会社
・株式会社日立ソリューションズ
・日本生活協同組合連合会
・YKK AP株式会社
・株式会社ティー・エー・シーホールディングス
・株式会社アイネス
・株式会社ビジネスブレイン太田昭和
・株式会社ゴールドウイン

ウインタースポーツはお金がかかるイメージがありますから、たくさんのサポートはありがたいですよね!

新田佳浩の出身地は岡山県英田郡西粟倉村

新田佳浩選手の出身、岡山県英田郡西粟倉村はどんなところなんでしょうか?

西粟倉村は年の森林に囲まれた 快適で人が輝く自然と交流の村で「西粟倉村の森林や水などの豊富な資源をちゃんと村に還元する」をコンセプトに行政と民間企業が協力して村づくりをしています。

ローカルベンチャーにも力を入れているため、若い人たちにも「田舎だからできる新しいことをしよう!」と注目されているようです。面積の約95%が山林なので、とても自然にあふれた場所のようですね!

まとめ

今回は、新田佳浩選手の中学高校大学に性格!スポンサー年収と出身地は岡山県について、調べてみましたがいかがたったでしょうか。

出場することがゴールではないとコメントしている新田佳浩選手。41歳で迎える今回の北京パラリンピックは自身の「集大成」と位置付け、クラシカル(20km)で表彰台を目指しています。7大会連続出場となるレジェンド新田佳浩選手がどんな滑りを見せてくれるかに期待したいですね!

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