東海将彦の中学高校大学!スポンサー年収に所属と今現在と過去【北京パラリンピック/ アルペンスキー】

もうすぐ開幕する北京パラリンピック。同じ種目でも障害によっていろんな工夫をして競技をしていて、選手一人一人の個性が最大限に出る大会です!どんな選手がいるのかチェックしておきましょう。

今回は北京パラリンピックアルペンスキーに出場する東海将彦選手の中学から高校、大学までのこと、スポンサーや年収に所属先、今現在と過去のことを紹介します。

目次

東海将彦の中学高校大学

東海将彦
生年月日:1973年11月13日(48歳)
出 身:東京都杉並区和泉
所 属:トレンドマイクロ

パラスキーを長い間牽引してきた大ベテランの東海選手。幼少期は健常者として野球に打ち込んでいたそうです。スキーを始めたのは中1で、中3の時には友人とスキー旅行へ。進学した高校にはスキー部がなかったので、先生にお願いして個人での大会参加資格を得ていました。高校2年の頃には、本格的にオリンピックを目指すため、単身アメリカにスキー留学するまでになったそうです。

中学生でスキーの旅に出かけたり、アメリカ留学をしたり、ご家庭は裕福だったかもしれませんね。大学までアメリカで過ごしたようですが、高校や大学など進学先は全く公表していませんでした。

帰国後は大会に出たり、コーチ業をしていましたが2001年スキー中の事故で脊髄損傷を負ってしまいました。

東海将彦のスポンサー・年収

事故の後、オリンピックからパラリンピックに切り替えた東海選手ですが2002年ジャパンパラリンピックで優勝するなど国内で実績をつくっていきます。強化選手にも選ばれ海外遠征など増えますが遠征費用の捻出には苦労したそうです。

障がい者スポーツ界では安定した資金を確保するのはやはり難しいみたいですね。東海選手は「スポンサー」ではなく「アスリート雇用」として現在のトレンドマイクロに所属しています。日本代表メンバーはほとんどが企業とのアスリート雇用で競技に専念しているそうです。働き方は、東海選手がモデルケースになっています。パラ競技のパイオニアなんですね!

東海将彦の所属

東海選手の現在の所属は「トレンドマイクロ」です。パソコンのウイルスバスターというソフトが有名ですね。外資系の会社で新宿に日本本社があります。

地域活動にも取り組んでいて、被災地には定期訪問して支援をしているようです。アスリートサポートは、フェンシング元日本代表太田選手とタッグを組んで次世代の代表選手を育てる「トレンドマイクロpresents Yuki Ota Fencing Camp」を開催していました。こういった活動も海外っぽいですよね。

東海将彦の今現在と過去

オリンピックを目指しアメリカに留学しに行った学生時代、事故の影響でパラリンピックに転向して世界への挑戦を続けています。東京出身の東海選手が、スキーで世界を目指し、長年続けている原動力はなんなのでしょうか。

パラ競技に転校後も、足首の骨折、靱帯損傷など大怪我も経験しました。最近では装具やブーツの調整に多くの時間を割いているようです。パラ選手にとって体の一部となる大事な装具は、何10パターンも用意していて、当日一番しっくりくるものを選ぶそう。東海選手の長年のスキーの経験が、大一番で発揮され本番を迎えてほしいです。

まとめ

48歳のスキーヤー東海選手について調べてみました。健常者としてもハイレベルな選手だったようですね。

パラ競技の選手は、遠征費や大会参加費用の捻出がまだまだ困難ですが、パラ競技の第一人者として障がい者スポーツの道を切り開いてきました。

障がい者の社会参加として、もっと手軽に健常者と一緒にスポーツができて、認め合えるような社会になるためには日本はもう少し時間がかかるかもしれません。これから東海選手の長年の経験を広めてほしいと思いました

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